製造業エンジニアの道

自分を伸ばし、会社を伸ばす自己革命

「戦略」とは何かを理解する

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企業活動の中で、”戦略”という言葉はあまり疑問を持たれずに使われているように思う。

しかし、それは本当に適切な意味で使われているだろうか?

 

”戦略”とは何か?

 

多くの人、しかも現役の大企業の経営者ですら、”戦略”の意味を取り違えている。

 

戦略論と経営理論の世界的権威であるリチャード・ルメルトは、本物の良い戦略と多くの人が間違えて理解している「悪い」戦略とのかい離は広がり続けていると嘆いている。

 

良い戦略は、シンプルであり驚きである。(リチャード・ルメルト)

 

良い戦略とは、敵の弱いところに、こちらの最大の強みをリソースを集中してぶつけることなのだ。

 

例えて言うなら、桶狭間の戦いで、織田信長今川義元の大軍を少数精鋭部隊で一気に打ち破ったのが、本物の戦略の例だろう。

 

ルメルトは、多くの人が間違える悪い戦略の4つの例を示している。

 

1.美しい言葉を並べただけの空疎なもの

 

2.重要な問題を取り扱っていないもの

 

3.高い目標を戦略と誤解していること

 

4.戦略目標を取り違えているもの

 

どれもありがちだ。

 

「空疎な言葉」。誰もが最初に思いつくようなことを、ただ美しい言葉で並べただけの施策集。

 

施策ありきで、この美辞麗句を並べることが仕事になってしまったような、絵に描いた”戦略書”らしきものを、私もたくさん見てきたが、これがうまく行ったことは一度もない。

 

きとんと現状を分析していないから、本当に重要な問題を取りこぼす。

 

そもそも、本当にやりきることよりも、誰もがいいんじゃないかと言うような、きれいなまとめを作りたがるから、本質的な問題を取りこぼす。

 

もっとも多いのが、3番目の高い目標を持つことが戦略だと誤解するケースだ。

 

高い目標を立てることは、誰も反対しない。だから、これが正当化されてしまうのだ。

 

本来は、この高い目標と、現実・現状とのギャップをしっかりと認識し、そのギャップを高い確率で埋めるために、もっとも簡潔に、有効にリソースを集中して目標をたっせいするための策略こそが”戦略”と呼べるものなのだ。

 

「戦略はいいのに、実践する組織体制がない。」

 

なんて言葉がでるのは、戦略を取り違えている証拠だ。。

 

実行可能なこと。

 

これが戦略の絶対条件だ。

 

戦略の基本構造は、

 

・診断

・基本方針

・行動

 

である。

 

”敵を知り己を知れば百選危うからず”

 

情報戦を基にしつつ、勝つべくして勝つのだ。

 

”診断”とは、現状の理解と、目標と現状の差を正確に認識すること。

 

このギャップ分析を基に、目標達成の確率を上げるための基本となるアイデアを決めるのが”基本方針”。

 

そして基本方針にしたがって、目標に到達する、戦いに勝利するための具体的な行動が出来て、初めて”戦略”なのだ。

 

4つの悪い戦略の例と、戦略のカーネル(3つの要素)は、しっかりと記憶して欲しい。

 

技術者として、多くのマネージャーの間違いを正すこと。

 

自分と会社を守るために、「戦略」の本質を多くの人、とくにエンジニアが理解して、強い企業を作って欲しい。

 

エンジニアにマーケティング脳力をつける大改革

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マーケティング」って言葉は、色々な場面で使われるが、「マーケティング」って何かって、周りの人たちと話をしてみて欲しい。

 

おそらく、様々な意見が出てきて、いったい何が正解なのか、という状況になるのではないかと思う。

 

今、ここで正解を披露しようとか、求めようとかというつもりはない。

 

ただ、「マーケティング」って何かを自分自身で問いただしてみて欲しい。

 

私が考える「マーケティング」(決してっこれが正解と主張するつもりはない)は、”製品、商品をたくさん買ってもらうためのすべての活動” だと思っている。

 

販路を考えること、ビジネスモデルそのもの、顧客に受ける製品を開発すること、販売ターゲットの狙いを定めてメッセージを届け、販売行動を促進すること、などなど、ありとあらゆることだと思う。

 

NHKの朝ドラ「まんぷく」で、カップラーメンという画期的な製品を開発したものの、なかなか市場に受け入れられなかったときに、いわゆる主婦造から、若者の新しい生活スタイルにターゲットを変えて、歩行者天国で歩きながら食べる文化を提案したのも、マーケティングだ。

 

さて、日本の製造業は、この「マーケティング」をしっかり出来る組織を持っているのだろうか。

 

大量生産で成功した日本企業は、そこから、それぞれの企業の既存事業を様々な形で守り続けている状態ではないだろうか。

 

既存事業、既存商品では、ある競合状況のなかで、たまに入ってくるそれほど強くはない新規参入という脅威と戦いながらも、既存商品の少し進歩した商品企画をすれば、それほど大きな差異もなく計画を達成し、従来並みの収益を継続できるので、特に新たなチャレンジをすることもなく、長い間、既存事業というぬるま湯につかって事業を継続してきた企業が多いように思う。

 

代替え商品、買い手や売り手の脅威も、多少はあるものの、概ね無難な経営をしてきた結果、本来のマーケティングという機能を発達させる必要がなかったのではないかと思う。

 

そう、日本の製造企業から、「マーケティング」機能の必要性が退化していったのではないかと私は考えている。

 

リーマンショック以降、日本企業も最悪の状況は脱し、そこそこの状況にあるように見える反面、実は日本企業初のヒット商品は鳴りを潜め、製造業の経営状態は見た目以上に悪化している。

 

そう、新規事業や新製品が出てこないのだ。

 

既存事業をキープしつつ、既存事業の効率を高め、人員を新規事業にある割合でシフトして、新たな事業の柱を作るんだ!!と、経営者は同様に息まく。

 

言うは易しだ。理屈は誰もが納得だが、だれが実行し実現するのだ?!

 

日本企業から、マーケティング脳力の種さえも失われていて、号令だけかけてもまったく意味はない。

 

俺たちは飛んだ技術を開発するのが仕事だ! 市場で受ける製品を考えるのは営業や企画の仕事だ!なんて言ってる会社は、早々に市場から消えていくだろう。

 

まず、開発、営業、企画、製造など、機能組織に分かれた人員全員の意識改革が必要だ。

 

「製品」を軸にした思考をすぐに停止せよ。

 

これは、存外難しいことだと、私は思う。

 

長年、積み重ねた悪しき習慣はそう簡単には治らない。

 

マーケティング」つまり、製品をたくさん買ってもらうには、顧客中心の考え方に回帰する必要がある。当たり前のことだ。

 

でも、この当たり前ができなくなっている自分たちの状態に早く気付くべきだ。

 

顧客視点という言葉は、企業内に氾濫している。だから、自分たちはちゃんとやってると誤解してしまうのだ。

 

自身の思考を思い起こしてみよ。製品のことを頭から完全に切り離して、顧客のことを真剣に考えているか?

製品の機能が、頭の中から切り離されているか?

 

顧客が製品を目の前にしている姿以外の、顧客の行動をストーリーとして捉えているか?

 

顧客の直接の声だけを聞こうとしていないか?

 

顧客が、顧客自身も気づいていない進化への欲求を発見しようとしているか?

 

顧客が、実は製品よりも、自分がしたいことに応えてくれる”何か”を求めていることを感じているか?

 

その思考の軸を変えない限り、製品軸の思考は変わらないだろう。

 

マーケティングの基本的な考えは、顧客第一だと思っている。

 

顧客も気づかない顧客の”なすべきこと”、”進化への欲求”を、製品とは関係ない世界でみつけること、これが出発点。

 

そして、次に「技術」。顧客の進化への欲求と「技術」を結び付けるのだ。

 

実は、この作業ができるのは、私はエンジニアだけだと思っている。なので、エンジニアこそが、「マーケティング」脳力を向上させるべきだと信じているのだ。

 

そして、顧客と技術を結び付けること以上に、もっとも重要なのは、「マーケティング」の最も重要な目的が、”儲ける”ことであるということだ。

 

そう、顧客と技術、そしてそれらより重要なのが、”儲ける”ことなのだ。

 

この3つのファクターをバランスよく成し遂げるのが、「マーケティング」なのだと思う。そこに既存製品をベースにした思考方法は入り込む隙はないのだ。

 

製造企業で、新規事業や新製品で大改革、あるいは大きなイノベーションを目指すのであれば、エンジニアのマーケティング脳力を向上させなければならない。

 

それが、最も有効な方法である。

 

 

 

 

自分のことは自分で守る

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企業の中で働いていると、特に日本では終身雇用の考えが多くの人の根底にあるからなのか、会社が自分のことをいつまでも守ってくれるのだと、大きな勘違いをしている人が多いようだ。

 

何となく、組織の一員として組織の中で働いていると、帰属意識は日に日に強くなっていくということもあるだろう。

 

いつか、自分一人で生きていかなければならないなどと、考えも及ばないかもしれない。

 

終身雇用ということが、少しずつ崩れてきて、もしかしたらようやく気づき始めている人もいるかもしれないが、会社はすべての社員を守ってはくれない。

 

会社は会社を守ることで手一杯なのだ。

 

だから、会社に絶対必要な人間はそれなりに守ろうとするが、会社に必要な人間かどうかも、ある一部の人間が決めているだけなので、それすらも絶対ではない。

 

リストラなんて言葉が使われるようになったのは、この15年くらいではないだろうか。

それまでは、一旦会社に入れば、定年まで自分で辞めない限りは働き続けられると想っていたのが、会社都合でやめなければならないことが当たり前に起こるようになった。

 

また、寿命が延びて人生100年時代と言われる中で、60歳で定年を迎えて楽隠居なんていうことも出来ない。

 

若い人は、あまり意識していないかもしれないが、長い人生を生きていくためには、60歳を過ぎても、経済的にまだまだ働かなければならない人が多いことも確かだし、また、まだまだ働くべきだ。

 

雇用延長などが議論されているが、そんなのを待ってるのではなく、自分で自分の将来を切り開いていかなければならない。

もちろん、定年後のことなんて、会社は考えてくれない。

 

自分のことは自分で守る、あるいは自分でしか守れない、ということを早いうちに気づいて欲しい。

 

いつどうなるかわからない変化の激しい時代ということもあるし、長い人生の先の先を考えて欲しい。

 

60歳定年を迎える人の多くは、58歳くらいになって、ようやく第二の人生を考えるという人が多いそうだ。その時になって、会社を出た時の自分の社会的価値を計ろうとして、人材会社に駆け込んで再就職の可能性を見ようとし、その結果、厳しい現実に愕然とするのだそうだ。

 

会社に守られているように錯覚するのは恐ろしいことだと思う。

 

会社は絶対に個人を守らない。

守るように出来てないんだからしょうがない。

 

会社依存になっていないかチェックしてみて欲しい。

次の質問に即座に答えられるか?

 

Q1:10年後に何をしていたいですか?

 

Q2:世間で通用する自信のコア・コンピタンスは何ですか?

 

Q3:60歳になっている自分を想像できますか?

 

Q4:誰々のようになりたいという目標がありますか?

 

Q5:あなたの人生の目的と目標は何ですか?

 

5つの質問で一つでもはっきりと答えることができれば救いがあるが、もし一つも答えられないとしたら、それは完全に会社、あるいはそれ以外の何かに依存しすぎている。

 

まずは、自分の状況をしっかり見直そう。棚卸ししてみよう。

 

自分を自分で守れないとすると、すべて流れに任せ、自分で自分をコントロール出来ない人生を送ることになる。そのうちの何割かの人たちは、あまりいい末路を迎えないだろう。

 

野生の鳥だって、巣立ちをすれば親は守ってくれなくなり、自力で生きていく。

 

人間の世界、特にサラリーマンの世界では、この生態系が全く出来ていない。

 

会社での日々の活動は、ある程度自分を隠して組織としての活動をしなければならないだろうが、本質的なところで自分の生き方を自分なりに持って、自分のことは自分で守れる人間になって欲しい。

 

5年くらいあれば、あるいは人によっては1年でも、自分で生きていく準備ができるはずだ。

 

私自身は、もともと起業することは早くから意識していたのと、コンサルタントになることも比較的早くから決めていたが、実際に起業の準備を始めてから1年半で起業し、順調にスタートすることができた。

 

一つのヒントは、起業、あるいは独り立ちしようとしている人たちと仲良くなることだ。会社の中ばかり見てないで、外に目を向けよう!

 

 

 

 

個人の成長のスピードを上げる疑似体験

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「ローマは一日にして成らず。」

 

組織の成長も個人の成長も、それなりに時間が必要だ。

ただ、組織改革と個人の成長とでは、時間軸が異なるかもしれない。

 

個人の成長は、もちろんその人次第ではあるが、組織改革に比べると、早く結果に表れるものだ。

また、組織改革は、組織を構成する人のレベルや成長度合いに大きく依存するので、まずは、個人の成長が先に来るべきなのかもしれない。

 

個人の成長を促すのは、”知識”と”考える力”であって、この2つが両輪となって、個人は成長するものと思っている。

 

知識は勉強すればするだけ身に付くものだ。

でも、考える力はそうはいかない。

 

考える力は、鍛えることが出来るが、考える力を鍛える方法についての指南書は、あることにはあるが、読んでもあまり役に立たないかもしれない。

 

そう。理論と実践が必要だからだ。

 

考える力は、持って生まれた才能である部分もある。

学校で良い成績の人が、必ずしも考える力があるとは限らない。

 

記憶力だけで成績のいい人って身近にいたことを思い出す。

 

では、知識を増やしながら、考える力を強化していくのが個人の成長だと仮定したとして、どのくらいのスピードで人は成長できるのだろうか。

 

例えば、技術者として、本当にお客さんが喜んでくれる製品を開発したいと思って、だから、マーケティングも勉強したいと、フィリップ・コトラーのSTPマーケティングを本で読んだとしよう。

 

言ってることは共感できる、とそれで終わってしまっては、知識は増えたことになるが、考える力は強化されていない。

 

自分事として、自分が関わる製品のセグメントを定義し、自社の強味を活かすためのターゲットを決め、自社製品の市場でのポジション、訴求ポイント、競合との違いを明確化して、実際に新しい製品の企画をして市場評価を受けるという一通りのことをやってみたときに、その知識が自分の実になって、考える力になったと言えるのだ。

 

ただ、全部が全部リアルに実践するのは、難しい場合も多い。

 

疑似体験ができる演習やワークショップをやることで、リアルな経験を置き換えることが出来ると私は思っている。

 

リアルな経験にはかなわないかもしれないが、疑似体験、ワークショップは個人の成長に、とても重要だと考えている。

 

書籍を読んだ後に、どうやって疑似体験をするかを考えると、読書から知識を溜めるだけでなく、考える力にまで発展させることも出来る。

 

リアルな経験や疑似体験は、自分で考えるチャンスをくれるのだ。

 

理論や手法は、理想的な環境の中で論じられることが多い。

だから、実際に応用しようとすると、現実的な障害で実現できないことがある。

 

例えば、(あまり良い例ではないかもしれないが)ラズベリーパイ(超小型マイコン)を使って、ロボットを作れるという書籍を買って、その通りにロボット作ってみたことがある。

本の通りにやってみるが、ところどころ本の通りに行かないことがある。

 

ちょっとした環境の違い、例えば、ソフトウェアのバージョンの違いなどだ。

 

でもって、うまく行かない状況は自分で解決しなければならない。

これが実践だ。

 

このとき、たくさんのことを考えなければならない。頭の中で、なぜ、うまく行かないんだと真剣に考える。

有識者に聞いたり、ネット上の情報を検索しまくったり、本の状況との違いを自分なりに工夫して調べたりする。

 

これが、実践であり経験だ。そして、ここから考える力が身に付いていく。

書籍を読んだだけでは、うん、この程度のことでロボットが作れるんだな、という単なる知識であったものが、実際に作ることで、様々な問題に対処できるようになった自分が出来上がるというわけだ。

 

ロボットの話はあくまで例にすぎない。

(実際に私自身の経験で、これが結構難しい問題にもはまったのだが、本当にいい経験だったと思っている。)

しかし、この実践の重要さは、さまざまなことに当てはまる。

 

知識を得たなら、それをどんな形でも構わないので、それをやってみるという考え方を少し持つだけで、個人の成長のスピードは格段に上がる。

 

だから、私のコンサルタントしての信念は、いっしょに勉強しながら必ず演習で疑似体験を入れることだ。

 

個人の成長は、個人次第だ。

自分を守るのは自分しかいない。

でも、学習方法や学び方は選ぶこともできると思う。

 

 

 

 

知識と能力

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知識と能力(脳力)は車の両輪だ。

両方が揃うと、大きな力になる。

 

専門書を読んで専門知識をつけるだけでは、技術者として大きな仕事はできない。

 

知識をつける方法はみんなが知っているが、能力(脳力)、つまりその知識、情報を処理する能力を高める方法はあまり知られていないかもしれない。

 

人間の脳は無限の力を持っているのだが、人間はそのほとんどを使えていないのだそうだ。

それでも、人間の脳は年令とともに退化していく。

記憶力などは、目に見えて落ちていく。

 

CPU(脳)の性能だって、年令とともに衰えていくのはやむを得ないのかもしれないが、もともと性能分を使ってないとすれば、使い方しだいで何とでもなる気もする。

 

ところで、能力(脳力)は、いったいどんな力なのだろうか。

知識を使って、新しいアイデアを創り出す力であり、知識(情報)を加工して新しいものを生み出す力であったり、情報の裏にある真実や本質を見抜く力なのだと思う。

 

このような能力は、個人個人で考えると、もともとあまり意識されていない。

 

年令とともに、知識が上がれば、そのまま能力も上がっていると思う人もいるかもしれないが、脳科学的には、ある年令以降は進歩しないのだそうだ。

 

企業の中で、全体を俯瞰する能力や決断をする能力は年配の人の方が高いように思うかもしれないが、それは知識と経験だけの差であって、能力の差ではないと言うことだ。

 

ここで、ひとつ大事なことがある。

それは経験だ。

 

経験によって、知識が増強される。

仕事のやり方もうまくなったような気がするのだが、実は、経験は時としてマイナスの効果ももたらす。

 

それ「思い込み」、「先入観」だ。

 

「思い込み」「先入観」は、人間の行動を制限する。

発想を限定的にし、恐れを生み、思考範囲を著しく狭めてしまう。

上司が慎重で、新しいことに否定的だった経験は多くの人にあるのではないか。

 

実は、「思い込み」「先入観」は、思考能力を低下させるだけでなく、企業内のコミュニケーションを悪化させる。

 

「思い込み」「先入観」は、コミュニケーションする場合の双方に違った形で存在する。だから、時として会話が噛み合わない。

 

でも、この噛み合わない会話に、企業内では打つ手があまりないのが実情だ。

 

思考プロセスに、企業内で統一した考え方が必要で、お互いの「思い込み」「先入観」があることを前提に、コミュニケーション・プロセスを構築する必要がある。

 

TOC(制約の理論)の思考プロセスは、まさにこの問題を解決してくれる。

 

組織の抵抗の6階層

  1. 対応しようとしている問題を、問題として認めない
  2. ソリューションの方向性に同意できない
  3. ソリューションが問題を解決するとは思わない
  4. このソリューションは、もし、実行するとマイナスの影響を引き起こす
  5. 提案されているソリューションの実行を妨げる障害がある
  6. その結果起こる未知のことへの恐怖感

 

これらの企業内の抵抗を解除するのが、TOCフレームワークだ。

 

知識と能力は、別の物という考えをもう一度認識し、能力の向上は思考プロセスによって大きく改善できることをお伝えしたい。

 

 

 

組織のジレンマ

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組織の中で起こる問題は、すべて組織の中にあるジレンマが原因である。

問題を起こすのは、すべて人の行動である。

これらは、TOC(制約の理論)での教えだ。

 

組織は、トップの大きな方針で運営される。

そして、トップ方針のもと、各組織はそれぞれの部門方針を決め、評価基準を設定する。

 

評価基準は、個々の人事考課に直結し、組織の中で個人が評価されるもとになるので、組織人としては、この評価基準に基づいて行動するのが当然となる。

 

ところが、この評価基準は、通常は複数(多数)設定されて、場合によってはそれぞれの間でジレンマを抱えることがある。

 

例えば、トップ方針が収益をアップする、ということにすると、その方針に従うと、ひとつの評価基準は売上向上となり、もう一つが例えばコストを下げる、ということになったとする。

 

売上を上げる行動として、在庫を増やして顧客要求にいつでも対応出来るようにする、ということと、コストを下げるために在庫を減らすという行動は、完全に対立する。

 

つまり、同じ大方針のもとで作られた2つの評価基準が、まったく異なる行動を要求することになるわけだ。

 

これが、組織の中の制約条件になる。

 

こんなことは実は組織内にたくさんある。

製造業で良くあるのは、QCD(品質、コスト、納期)目標を必達せよ、という大方針だ。

一見すると当たり前のことのように思えるが、Q、C、Dの間でジレンマが発生することは大いにありうることだ。

 

最近、多発する様々な企業でのデータ改ざん事件は、ほとんどの場合、このQCDの間のジレンマが原因である。

 

特にQとDの間、またはQとCの間のジレンマによって、データ改ざんが行われる。

 

なぜかいつもQ(品質)が犠牲になる。

C(コスト)やD(納期)は、はっきりしていて、トップに対してだけでなく市場に対しても嘘がつけない。

 

さらに、ミドルマネージャにとって、自身を評価してもらうのに、もっともアピールしやすい指標だ。

 

品質は、もちろんデータ化できるのであれば、数字で表されで明確なはずだが、この数字が市場で出回るわけではない。

さらに、データの意味が市場ではっきり理解されているわけではなく、さらには企業内においてもデータの意味が明確に理解されていない場合もある。

 

歴史的に作り上げてきた品質基準が、数字や測定方法だけが継承されてきて、数字の意味やモラルまでが継承されていないケースも多数ある。

 

コストや納期のようにはっきりしない品質基準のために、コストや納期が遅れそうになると、トップや市場からプレッシャーのかかる現場は、時として勝手な判断で品質基準を捻じ曲げてしまうことが起こってしまうのだ。

 

ドルマネージャは、多少の解釈の変更は実際の品質にも問題がないだろうと勝手な解釈に走るわけだが、それは、自分の評価を悪くしないという理由が大きい。

 

トップとしても、決して自分で改ざんを指示していなくとも、QCDのバランスと多少ゆがめても、収益拡大という最大の方針を優先させてしまう。

 

まさに構造的な問題であって、本質的な問題に手を打たない限り、同様の問題は繰り返されるだろう。

 

組織の中に悪人はいない。

 

組織のジレンマを捉えて、本質を見よう。

 

また、自分の評価だけを考えるマネージャにならないよう、本質を見抜く力を強化し続けることが、技術者に求められることだ。

 

TOC(制約に理論)は、この組織のジレンマを見抜く力をしえてくれる。

 

TOCの超入門セミナーを企画中。

futureship.biz

 

 

 

質問力を磨くと影響力がアップする

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エンジニアにとってだけではなく、企業人というか組織人であれば”質問力”は大きな力を発揮する。

 

会議で説明を受けたり、セミナーで講習を聞いたりした後に質問をするには、実はよく聞いていないと、しっかりとした質問は出来ないものだ。

 

傍から見ていて、するどい質問をする人は仕事が出来る人に見えたりもする。

 

会議の場の説明もセミナーでの講習も、その目的は、何かを伝えたい人と伝えられたことを活用したい人とのコミュニケーションであり、情報のマッチングの場なのだ。

 

コミュニケーションの場である限り、それは建設的なものである方が好ましい。

 

話し手から見ると、その話は誰かに何かを伝えるためのものである。もちろん、聞き手にとってプラスになることを願いながら話すのだ。

 

そして、聞き手はその伝えられようとすることを自分の中で活かせるのかどうかを判断しながら聞く。そして活用できそうなのであれば、本気で活用することを考える。

 

最終的には聞き手の目的を満足させられるかどうかが、最大のポイントになるのだが、このとき、聞き手側の質問力がこのコミュニケーションの成否のカギを握る。

 

まあ、元の話が支離滅裂だったり、理解しづらい話であったり、そもそも何を話そうとしたのかを質問せざるを得ないような場合は論外だ。元の話がある程度の品質であることを前提にしている。

 

一生懸命に報告書を作って偉い人に報告したら、ケチョンケチョンになって帰ってくるケースは、そもそも何のために報告してんだ、みたいなことも多く、これはこれで立場によって見ている景色、目的レベルの差があって話がかみ合わないことを示しているかもしれない。

 

これもある意味では、もっと視野を広げろとか、目的意識をしっかり持てというアドバイスなのだが、このケースは今回の話からは除外する。

 

”質問”とは、話し手の意図や話の本質を突き止めて、それを自分に役立てるための知識にするための手段である。

 

細かい所が気になることもあるし、挙げ足を取ってみたくなることもある。それも質問として必要なこともあるが、細かいことだけに終始しないことだ。

 

大きな目的、その話の目指すところ、そして自分としての大きな目的を常に念頭において、なぜなぜを自分と相手にぶつけるのだ。相手の話と、自分の目的のギャップを埋めて行って自分で使えるようにすることが大切だ。場合によっては、話し手側が気づかなかったことを気づかせてあげることにもなり、建設的なコミュニケーションとなる。

 

私が行っている研修の中で、最近買ったもの(一万円以上の比較的高価なもの)について、二人でペアになって相手がその購入品をなぜ買ったかを聞き出す演習を行っている。

 

ある人は、買いたいと思い始めてから長い間悩んで決断するケースもあるし、ある人は奥さんから背中を押されて決断する。衝動買いするという人もいるが、この研修の場合は、いくらかの悩みや葛藤のあとに購入したものを選んでもらう。

 

買った方がいいかもしれないと思い始めたきっかけ、徐々に心が動いていく段階、買うべき候補を探し出す瞬間、決定基準がなんとなく決められていく段階、など、過去を振り返ってもらって真の購買動機にたどり着いてもらうための質問をしていく練習だ。

 

実は人間が何かを買うということには、いろんな購買動機があって、様々な葛藤や周囲の人たちの何気ない影響を受けている場合が多い。ただ、時間が過ぎ去ってみると、思い出せないことも増えていく。

 

エンジニアのためのマーケティング思考力の演習なのだが、実はなかなか購入者の真実にはたどり着けないケースが多い。

 

15分くらいずつの時間で聞き取ってもらって、相手の購買動機を聞き手が他の人にも説明する。他の参加者が、説明の後に聞き手に対して購入者の購買動機について追加質問をすると、それは聞きませんでした、という答えがたくさん返ってくる。

 

さらに、質疑後、購入した人に対して、言いたいことは全部聞かれて、それを言いきることが出来ましたか?と聞くと、実は、xxxのことを言いたかったんです、となる。

 

聞き出すというのは頭を使うことでもある。直接的に聞きたいことをリストアップして順番に聞いていけばいいということではない。話し手側の記憶や考えを刺激することによって、心の奥深くにある本当の答えを話せるようにしてあげることも重要だ。

 

研修では、スマホの購入を題材にする人が多い。故障したこときかっけに購入した。二年縛りのタイミングだった。子供が進学したのを機に家族で購入した。など、様々な理由がある。

 

ただ、自分にも経験があるが、ひとつの大きな理由が考え始めのきかっけではあるものの、その後、実は色んなことを考え始めるのだ。

 

iOSにするかAndroidか?誰々さんと誰々さんは最新のXXを持ってるし、YYさんはアレを使っている。ZZさんは機種Aについてこんなことを言ってたっけ。格安スマホってどうなんだろう?Kさんが使ってたあのアプリは便利そうだった。電子マネーは?ウォッチとの連携は?これまで溜めてきた大手キャリアのポイントはどうなる?家族はどう思っているか?

 

などなど、実は時系列でいろいろと考えながら、自分なりにひとつひとつに決着したり、先送りしたりしながら、決定基準を探していたのだ。奥さんの意見をどう扱うかなどもあるかもしれない。

 

演習の初めに、スマホの購入動機というお題を与えられたときは、大きな理由しか思い出さないかもしれないが、質問者からの質問によっては色んな葛藤が呼び起こされることもある。

 

実際のマーケティングでは、こういう購入に至る奥深い思考のストーリーが重要なのだ。

 

優秀な営業マンは実に話がうまい。上手に話をしながら何気に重要な情報を聞き出している。

 

最初の話に戻ると、会議やセミナーの場でも同じことだ。表面的な質問には表面的な答えしか返ってこない。

 

しかし、相手の思考を刺激して、双方にメリットのある建設的な質問によって、自分自身が相手からの情報をしっかりと消化するだけでなく、話し手や周囲の人にも影響を及ぼす情報に進化させることができる。

 

会議で声が大きいやつが、対して実力もないのに出世する、なんて思っている人もいるかもしれない。声の大きい奴は確かに目立つ。

 

でも、もしかすると、声だけが大きいのではなく、質問が上手なのかもしれない。

 

報告書でケチョンケチョンにした上司。実は物事の本質を見抜く力、質問力でやはり普通の人たちよりも上手なのかもしれない。

 

会議での発言、つまり”質問力”を見くびってはいけない。会社での周囲への影響力を高め、重要な仕事を任されるためには、どうしても必要な能力だと思う。

 

参考:

note.mu

 

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